大阪弁護士会所属 近藤総合法律事務所

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週間法務 リーガルリズム


  近藤総合法律事務所のオンライン判例紹介「リーガル・リズム」では、

  企業法務に役立つ注目記事・判例をセレクト、コンパクトに紹介します。

2018年02月05日

「伊藤レポート 2.0」ー社外役員の地位、責任

 2017年10月26日、経済産業省より「伊藤レポート 2.0」と呼ばれる「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書」が公表された。これは、2014年8月6日に公表された「伊藤レポート」の続編であり、前回の「伊藤レポート」は、「ROE(自己資本利益率)8%」という数値目標が大きくクローズアップされ、コーポレートガバナンス(企業統治)分野において様々な議論が巻き起こっていたところである。
 今回の「伊藤レポート 2.0」においては、いくつかの提言が示されているものの、やや抽象的な内容にとどまり、社外取締役の任務においても十分な検討がなされていない。「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス −ESG・非財務情報と無形資産投資ー(価値協創ガイダンス)の「社外役員のスキルおよび多様性」という項目において、「投資家は、主として業務執行に対する監督の役割を担う社外役員(社外取締役等)に対して、一般株主の利益を確保する観点から、独立した客観的な立場とその意思を有していることを前提条件として求めている。さらに、個々の社外役員が業務執行を担う経営陣等と対等の議論をするに十分な能力や、経験を有しており、また、社外役員全体として多様性が確保されることで、一般株主との利益相反の監督のために活動・貢献することを求めている。」という一般論が示した上で「企業には、社外役員の経歴や属性、実際に果たした役割等に関する情報を示すとともに、必要に応じて社外取締役等が投資家への情報発信や対話を行うなど積極的な対応が求められる。」とするものの、取締役会の一構成員たる社外取締役が、どのような機会において、常時あるいは定期的に、どのような項目、内容につき、どの範囲の投資家に対し、どのような情報発信を行っていくべきとするのか、その具体的指針が全く示されておらず、ガイドラインというにははなはだ不十分な内容となっている。

2017年12月05日

最高裁「シートカッター」事件判決(平成29年7月10日)

 原告(特許権者)が被告からの無効の抗弁に対して訂正の再抗弁を提出した事案につき、最高裁は「特許権者が,事実審の口頭弁論終結時までに訂正の再抗弁を主張しなかったにもかかわらず,その後に訂正審決等が確定したことを理由に事実審の判断を争うことは,訂正の再抗弁を主張しなかったことについてやむを得ないといえるだけの特段の事情がない限り,特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものとして,特許法104条の3及び104条の4の各規定の趣旨に照らして許されないものというべきである。」と判断しました。

 当職が控訴審より受任しておりましたナイフ加工装置事件(最高裁平成20年4月24日)において、最高裁が「上告人は,第1審においても,被上告人らの無効主張に対して対抗主張を提出することができたのであり,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らすと,少なくとも第1審判決によって上記無効主張が採用された後の原審の審理においては,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正を理由とするものを含めて早期に対抗主張を提出すべきであったと解される。そして,本件訂正審決の内容や上告人が1年以上に及ぶ原審の審理期間中に2度にわたって訂正審判請求とその取下げを繰り返したことにかんがみると,上告人が本件訂正審判請求に係る対抗主張を原審の口頭弁論終結前に提出しなかったことを正当化する理由は何ら見いだすことができない。したがって,上告人が本件訂正審決が確定したことを理由に原審の判断を争うことは,原審の審理中にそれも早期に提出すべきであった対抗主張を原判決言渡し後に提出するに等しく,上告人と被上告人らとの間の本件特許権の侵害に係る紛争の解決を不当に遅延させるものといわざるを得ず,上記特許法104条の3の規定の趣旨に照らしてこれを許すことはできない。」と判断したものの延長線上にあると思われますが、特許庁における訂正審判の実務・実情やどこまでの権利範囲が認められるのかという予測可能性に乏しいことを考えますと、特許権利者にかなり厳しい判断と言えます。

2017年05月23日

印刷会社が印刷用データを無断で利用できないとされた事案

 原告は,被告らが,原告が原告書籍を出版した際に製作された本件印刷用データ(写真データ)を使用して,被告書籍を印刷・製本し,出版したと主張して,被告らに対し,(1)主位的請求として,本件印刷用データの無断使用が,同データに係る所有権の侵害に当たると主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき, (2)予備的請求1として,原告は,原告書籍の出版の際,被告印刷会社との間で,本件印刷用データを原告以外の出版社の出版物の印刷・製本に使用する場合は,原告の許諾を得た上で当該出版社が原告に使用料を支払うこととする旨の本件合意をしたところ,同データの無断使用が本件合意に違反すると主張して,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,(3)予備的請求2として,原告は,被告印刷会社が,被告書籍のために本件印刷用データを再利用する場合に原告の許諾を得た上で使用料を支払う旨の不文律に違反して,同データの無断使用をしたことが不法行為を構成すると主張して損害賠償請求を行ったことに対し,被告らは,本件印刷用データに係る原告の所有権,本件合意の存在,慣習法上・条理上の義務又は不文律の存在について争うとともに,抗弁として,写真データの使用について,原告が許諾した旨及び著作権法32条1項が類推適用される旨を主張した事案である。

 大阪地裁第26民事部(平成29年1月12日)は,まず,「本件印刷用データは,原告書籍の印刷・製本のために作成された中間生成物であり,原告と被告印刷会社との間に特段の合意はなされておらず,その使用・収益・処分権は,被告印刷会社に帰属すると認められる」とした上で上記(1)に関する請求を否定した。

 次に,上記(2)につき,「このようなアンケート調査の結果からすると,一般に,印刷・製本契約を締結した出版社と印刷業者との間では,印刷業者は,出版社の許諾を得ない限り,印刷用データの再利用をすることができないとの商慣行が存在していると認めるのが相当である。」「原告と被告印刷会社との間の原告書籍に関する印刷・製本契約では,上記の商慣行にのっとり,被告印刷会社は,原告の許諾を得ない限り,本件印刷用データの再利用をすることができないとの黙示の合意がされたと認めるのが相当であり,そうでないとしても,被告印刷会社は,印刷・製本契約に付随して,原告の許諾を得ない限り,本件印刷用データの再利用をすることができないとの義務を信義則上負うと解するのが相当である。」

 そして,被告出版社についても,「被告印刷会社に本件写真データを使用して被告書籍の印刷・製本をさせた被告出版社の行為は,原告が被告印刷会社に対して有する債権侵害としての不法行為を構成すると認められ,被告出版社は,原告に生じた損害について,不法行為による損害賠償責任を負う。」とした。

 本判決は,被告印刷会社は,「原告に無断で本件写真データを使用したことにつき,原告に対して債務不履行による損害賠償責任を負い(予備的請求1),また,被告出版社は,上記の債務不履行に加担したことにつき,原告に対して不法行為による損害賠償責任を負い(予備的請求1)」と判断したものであるが,原告と被告印刷会社との間で詳細な契約書や明確な合意が存在しなかったため,その当事者間の合意をどう認定するか難しい事案であったと思われるが、日本書籍出版協会の会員社に対するアンケート等に基づき,商慣習ないし黙示の合意が存在したと認定したものであり,注目に値する。