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2010年07月05日
 ■ 企業における信用毀損と風評被害

機/用毀損における損害賠償論
1 損害賠償とは
 損害賠償とは、他人に与えた損害を填補することである。損害賠償の目的は、アリストテレスの挙げる正義の基本理念のひとつである矯正的正義(平均的正義)であり、被った損害に等しい賠償を与えるという原理である。損害賠償の内容をどのように定めるかは、何らかの理論に従って論理的に導かれる問題というより、すぐれて政策的な問題であり、同時に、国民感情や法意識によって左右される問題でもある(内田貴「民法供〆銚各論」東京大学出版会)。
2 理論的枠組み
 従来、民法においては、損害とは、不法行為がなかったとした場合における被害者の財産的・精神的状態と、不法行為により現実にもたらされた財産的・精神的利益状態の差であると言われている(いわゆる「差額説」、「填補賠償説」)。
他方、制裁的慰謝料論(戒能通孝)という考え方もある。
  「差額説」    vs   制裁的賠償説
 もっとも、「填補賠償説・制裁的賠償説の双方に共通するものであるが、理論が理論(理論的美学)のみに関心を示し、その理論が損害賠償額の算定と必ずしも結びついていないきらいがある」(田井義信「制裁的賠償説」有信堂p.159)
3 信用毀損等の無形の損害
 無形の損害(風評被害も含む)としてどのようなものがあるか、また、その額の認定をどのようにして行うか。さらに、相当因果関係の認定はどのようにして行うか。

供.謄譽喨送による信用毀損、風評被害
 1 フジテレビ不動産業者事件(東京地裁平成6年11月11日、判時1531号68頁)
 (a) テレビにおける判断基準
「テレビ放送は、ブラウン管を通して流される影像及びこれと連動したスピーカーからの音声を情報伝達の手段とするものであって、新聞、雑誌などの活字のメディアと異なり、その情報の受け手である視聴者は、通常その内容を保存しこれを繰り返し見て吟味するということをせず、流された情報を瞬時にとらえてその内容を判断するものであるから、このテレビ放送の内容に上がった何人かの名誉が毀損されたものといえるかどうかは、一般視聴者がその放送を一見して通常受けるであろう印象によって判断すべきである。」
「被告らマスメディアにある者か何らかの表現活動を行う際には、特定人の名誉及び信用を毀損することのないよう注意を払う義務があることはいうまでもない。特に、テレビ放送においては、その伝播性、信用性において社会に対し多大な影響力を持つものであるから、これに従事する者も、テレビ番組の制作、編集に当たり、一度の表現活動を行う場合と比べより一層高度の注意義務を負担すべきである。」
 (b) 風評被害の有無
「原告は、本件番組を見て不安を抱いた原告の取引先及び金融機関等から、経営状況等についての問い合わせを相次いで受けるに至ったことが認められ、原告が本件番組放送前には相当の社会的評価を得ていたことが明らかである。したがって、このような会社に対し、前記のような印象を一時視聴者に抱かせるという本件放映部分の放送は、原告の信用を毀損するものであると認めるべきである。」
 「本件放映部分が放送されたことにより、前記のとおり原告の信用が毀損されたことが認定できるから、原告が無形の損害を被ったものというべきである。右無形損害の賠償については、前記のとおり本件放映部分が本件取材の主旨とは異なった印象を一般視聴者に与えるものであり、これが原告のような不動産業者にとっては致命的な情報の放送ともなり得ることに加えて、前記テレビ放送の特質、本件番組放映の時間帯、原告のマンション販売対象区域である関東地域における本件番組の高視聴率、原告の営業目的及びその形態、本件放映部分による原告の信用毀損の態様及び程度等本件において認められる一切の事情を併せ考慮すると、その賠償としては金三〇〇万円が相当であると認める。」
 (c) 追加広告費用について
 「原告は、本件番組の放送によりハイタウン吉川の販売に悪影響が出ることを恐れて余分な追加広告を行ったと主張するが、≪証拠略≫によれば、右追加広告を行うことを決定したのは原告代表者山田の経験に基づく勘によってであること、追加広告を決定した時点でもハイタウン吉川が全く売れなかった訳ではないことが認められる。さらに、≪証拠略≫によると、当時の不動産の市況にかんがみると、本件番組の放送がなければ、確実に販売が可能であったとも認めることはできず、むしろハイタウン吉川などのマンションの販売は非常に困難な状態であったと考えられ、そうであるにもかかわらず本件番組の放送後約六か月経過後にはハイタウン吉川の全三三戸が完売されたことが認められる。したがって、原告が前記追加広告を行わなければ、ハイタウン吉川が売れなかったと認めることはできない。そうすると、原告の支出した追加広告費用については、本件全証拠をもっても、原告が主張する右損害と被告らの共同不法行為との間に相当因果関係を認めることができない。」

2 テレ朝ダイオキシン報道事件
 1) 第1審(さいたま地裁平成13年5月15日) 請求棄却
 2) 控訴審(東京高裁平成14年2月14日) 控訴棄却
 「事実が主要な部分において真実であり、また、上記のような要旨7の青山の論評の前提となる事実のうち主要な部分が真実であり、論評部分についても穏当な表現が用いられ、意見ないし論評としての域をさほどに逸脱したものでないことは、原判決が正当に判示するとおりである。」
 「控訴人らが主張するような『所沢産ほうれん草を少しでも食べると一pgTEQ/kg/日に達してしまう』との事実は、本件放送においては摘示されているとは認められず、これはあくまで本件放送により一般視聴者が受ける可能性のある印象を控訴人らが指摘したにすぎないというべきであり、前記のとおりこのような印象についてまで真実であることの立証をさせるのは相当でないから、これ自体は真実性を立証する必要のある事項には含まれないというべきである。」
 「また、青山は、所沢産ほうれん草を摂食することによる健康被害の可能性を指摘する意見を述べているにすぎないのであり、所沢産のほうれん草を食べたら実際の被害を受けると断言しているのではないから、そのような論評があったとの控訴人らの主張は、採用の限りでない。」
 3) 最高裁(最高裁平成15年10月16日)
 原判決破棄、差し戻し (なお、後日、差戻し控訴審にて和解)
「新聞記事等の報道の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについては,一般の読者の普通の注意と読み方とを基準として判断すべきものであり(新聞報道に関する最高裁昭和29年(オ)第634号同31年7月20日第二小法廷判決・民集10巻8号1059頁参照),テレビジョン放送をされた報道番組の内容が人の社会的評価を低下させるか否かについても,同様に,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断すべきである。
 そして,テレビジョン放送をされた報道番組によって摘示された事実がどのようなものであるかという点についても,一般の視聴者の普通の注意と視聴の仕方とを基準として判断するのが相当である。テレビジョン放送をされる報道番組においては,新聞記事等の場合とは異なり,視聴者は,音声及び映像により次々と提供される情報を瞬時に理解することを余儀なくされるのであり,録画等の特別の方法を講じない限り,提供された情報の意味内容を十分に検討したり,再確認したりすることができないものであることからすると,当該報道番組により摘示された事実がどのようなものであるかという点については,当該報道番組の全体的な構成,これに登場した者の発言の内容や,画面に表示されたフリップやテロップ等の文字情報の内容を重視すべきことはもとより,映像の内容,効果音,ナレーション等の映像及び音声に係る情報の内容並びに放送内容全体から受ける印象等を総合的に考慮して,判断すべきである。」
 「本件放送が引用をしていないH教授らが行った前記調査の結果は,「所沢産」のラベルが付けられた白菜(1検体)から1g当たり3.4pgTEQのダイオキシン類(コプラナーPCBを除く。)が検出され,所沢市内で採取されたほうれん草(1検体)から1g当たり0.859pgTEQのダイオキシン類が検出されたというものである。前記の本件摘示事実の重要な部分は,ほうれん草を中心とする所沢産の葉物野菜が全般的にダイオキシン類による高濃度の汚染状態にあり,その測定値が1g当たり「0.64〜3.80pgTEQ」もの高い水準にあることであり,一般の視聴者は,放送された葉物野菜のダイオキシン類汚染濃度の測定値,とりわけその最高値から強い印象を受け得ることにかんがみると,その採取の具体的な場所も不明確な,しかもわずか1検体の白菜の測定結果が本件摘示事実のダイオキシン類汚染濃度の最高値に比較的近似しているとの上記調査結果をもって,本件摘示事実の重要な部分について,それが真実であることの証明があるということはできないものというべきである。」

掘ヾ覿箸凌用維持と表現の自由
1 千代田生命内部告発事件(東京地裁平成11年2月15日、判時1675号107頁)
 (a) 事案の概要
 生命保険会社の元常務取締役が会社の機密に属する情報を週刊誌記者に提供した結果、会社の名誉を毀損する記事が掲載された場合において、情報提供と記事掲載との間に相当因果関係があるとして、元取締役に約2億5000万円の損害賠償が認められた事例。
 (b) 責任根拠
 「甲野は、もと千代田生命の常務取締役であり、在任中であれは、職務上知り得た会社の内部情報について、取締役の忠実義務の一内容として守秘義務を負うことは当然である。そうだとすれば、甲野は、役員退任後も、信義則上、在任中に知り得た会社の内部情報について守秘義務を負うと言うベきであり、このように解さなければ、当事者の信頼関係を基調とする委任契約の趣旨は全うされないことになろう。
 甲野は、表現の自由及び千代田生命の公共性を理由に、本件情報漏洩には違法性がないと主張するが、本件は、退任した取締役が在任中に職務上知り得た会社の内部情報について守秘義務を負うかどうかの問題であるから、守秘義務違反と認められる以上、本件情報漏洩は違法と言わざるを得ない。」
 (c) 損害額の認定
「(1) 日本電装株式会社関係
 千代田生命は、昭和六四年一月一日、日本電装との間で、企業年金保険契約を単独(シェア一〇〇パーセント)で締結した。しかるに、平成四年九月中旬、同社常務取締役岩出力から千代田生命名古屋本部長前野昌彦に対し、甲一及び甲二の記事の掲載を理由としてシェアダウンの申入れがあり、同年一〇月二二日付け通告により平成五年一月一日から一〇〇パーセントから五五パーセントとなり、さらにその後の交渉途上で甲五の記事が掲載されたことから、同年一二月六日付け通告により平成六年一月一日から五五パーセントから五〇パーセントにダウンした。右二度にわたるシェアダウンにより、千代田生命は、平成五年一月分から平成六年七月分まで合計二億三〇五二万〇〇九五円の付加保険料の減少による損害を被った。
(2) 日本ロシュ株式会社(以下「日本ロシュ」という。)関係
 千代田生命は、昭和六三年九月一日、日本ロシュとの間で、企業年金保険契約を単独(シェア一〇〇パーセント)で締結した。しかるに、平成五年七月、同社常務取締役内藤冽から千代田生命に対し、本件各記事の掲載を理由としてシェアダウンの申入れがあり、同年七月二九曰付け通告により同年九月一日から一〇〇パーセントから二〇パーセントにダウンした。右シェアダウンにより、千代田生命は、平成五年九月分から平成六年一〇月分まで合計一五二二万〇一六九円の付加保険料減少による損害を被った。」
(d) 損害との因果関係
 「本件各記事が千代田生命の醜聞を取り挙げたものであり、その内容が千代田生命の名誉信用を毀損することは明らかである。そして、本件情報漏洩が本件各記事の執筆につながり、これが千代田生命の名誉信用の毀損という結果を招来したことは否定すべくもないから、本件情報漏洩と本件各記事による千代田生命の名誉信用の毀損との間に因果の連鎖があることは疑いがない。」
 「問題は、両者間にメディアの独自の判断(編集権)が介在することにより因果関係が否定されるかであるが、情報提供者が提供した情報内容に従った記事が掲載される蓋然性が高く、かつ、情報提供者自身がこのことを予測し容認していた場合には、情報提供行為と記事による名誉毀損との間の相当因果関係は存在すると言うべきである。」
 「確かに、《証拠略》によれば、平成3年11月から平成5年1月にかけて、本件各記事以外にも千代田生命に関する醜聞記事が雑誌や週刊誌に掲載されたことが認められるが、甲一、二の記事は、千代田生命のいわゆる内部情報や資料を中心に組み立てられているという特色があり、そのために、他の記事と比較して読者に対するインパクトは大きいと推測されるから、本件各記事がこれら他の記事と相まって企業年金保険契約のシェアダウンにつながったことを否定することができない以上、これら他の記事の存在は、両者間の因果関係を肯定するについて妨げとなるものではない。」

2 情報提供者の法的保護(公益通報者保護法)
1) 目的
 公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資すること
2) 公益通報の対象
 以下の事実が生じ又はまさに生じようとしている場合
個人の生命又は身体の保護、消費者の利益の擁護、環境の保全、公正な競争の確保その他の国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法律として別表に掲げるもの(これらの法律に基づく命令を含む。)に規定する罪の犯罪行為の事実
別表に掲げる法律の規定に基づく処分に違反することが,了実となる場合における当該処分の理由とされている事実等
(別表)
刑法、食品衛生法、証券取引法、JAS法、大気汚染防止法、廃棄物処理法、個人情報保護法、その他政令で定めた406本の法律
3) 公益通報者の保護
労働者(公務員を含む。)を以下のように保護
公益通報をしたことを理由とする解雇の無効
労働者派遣契約の解除の無効
その他の不利益な取扱い(降格、減給、派遣労働者の交代を求めること等)の禁止
4) 通報先と保護要件
通報先に応じて保護要件を設定
事業者内部:1)不正の目的でないこと
行政機関:1)のほか、2)真実相当性を有すること
事業者外部:1)及び2)のほか、3)一定の要件(内部通報では証拠隠滅のおそれがあること、書面による内部通報後20日以内に調査を行う旨の通知がないこと、人の生命・身体への危害が発生する急迫した危険があることなど)を満たすこと
5) 通報者・事業者及び行政機関の義務
公益通報者が他人の正当な利益等を害さないようにする努力義務
書面による公益通報に対して事業者がとった是正措置等について公益通報者に通知する努力義務
公益通報に対して行政機関が必要な調査及び適切な措置をとる義務
誤って公益通報をされた行政機関が処分権限等を有する行政機関を教示する義務
6) その他
本法は、労働基準法第18条の2(解雇権濫用の法理)の適用を妨げない
平成18年4月1日から施行し、施行後になされた公益通報について適用

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