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2012年01月04日

ウィニー最高裁判決の雑感

 平成23年12月19日、ファイル交換ソフトであるウィニーの開発、提供が著作権侵害の幇助犯となるかどうかが争われた事件において、最高裁はようやく結論を出した。

 原判決(大阪高裁)が「価値中立のソフトをインターネット上で提供することが,正犯の実行行為を容易ならしめたといえるためには,ソフトの提供者が不特定多数の者のうちには違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し,認容しているだけでは足りず,それ以上に,ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めてソフトを提供する場合に幇助犯が成立すると解すべきである」という加重な要件を付加する限定解釈を示したのに対し、「幇助犯は,他人の犯罪を容易ならしめる行為を,それと認識,認容しつつ行い,実際に正犯行為が行われることによって成立する」とし、従来の判例や学説に忠実に、無理のある限定解釈をとらなかった点は妥当である。

 その上で、最高裁は、「ソフトの提供者において,当該ソフトを利用して現に行われようとしている具体的な著作権侵害を認識,認容しながら,その公開,提供を行い,実際に当該著作権侵害が行われた場合や,当該ソフトの性質,その客観的利用状況,提供方法などに照らし,同ソフトを入手する者のうち例外的とはいえない範囲の者が同ソフトを著作権侵害に利用する蓋然性が高いと認められる場合で,提供者もそのことを認識,認容しながら同ソフトの公開,提供を行い,実際にそれを用いて著作権侵害(正犯行為)が行われたときに限り,当該ソフトの公開,提供行為がそれらの著作権侵害の幇助行為に当たると解するのが相当である」という規範定立を行っているが、この点も刑法理論上も無理がなく、是認できる。

 ただ、本件事案における事実認定において、4名の裁判官の多数意見は、「被告人による本件Winnyの公開,提供行為は,客観的に見て,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高い状況の下での公開,提供行為であったことは否定できない」としているものの、「他方,この点に関する被告人の主観面をみると,被告人は,本件Winnyを公開,提供するに際し,本件Winnyを著作権侵害のために利用するであろう者がいることや,そのような者の人数が増えてきたことについては認識していたと認められるものの,いまだ,被告人において,Winnyを著作権侵害のために利用する者が例外的とはいえない範囲の者にまで広がっており,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めるに足りる証拠はない」とし、「いまだ,被告人において,本件Winnyを公開,提供した場合に,例外的とはいえない範囲の者がそれを著作権侵害に利用する蓋然性が高いことを認識,認容していたとまで認めることは困難である」とし、いわば客観的状況が存在していたにもかかわらず、専門の研究者である被告人が主観面において認識していなかったとする、少し無理をした事実認定を行っているように思える。

 この点、大谷剛彦裁判官(裁判官出身、ジャーナリスト大谷昭宏氏の弟)は、「被告人に侵害的利用の高度の蓋然性についての認識と認容も認められると判断する」とし、「通常は,このような侵害的利用の高度の蓋然性に関する客観的な状況についての認識を持ちながら,なお提供行為を継続すれば,侵害的利用の高度の蓋然性についての認容もまた認めるべきと思われる」との明快な反対意見を付している。「提供行為の法益侵害の危険性を認識しているからこそ,このような利用が自らの開発の目的や意図ではなく,本意ではないとして警告のメッセージとして発したものと考えられる。被告人は,このようなメッセージを発しながらも,侵害的利用の抑制への手立てを講ずることなく提供行為を継続していたのであって,侵害的利用の高度の蓋然性を認識,認容していたと認めざるを得ない」という事実認定は、素直で自然なように思われる。
 そして、最後に、「被告人の開発,提供していたWinnyはインターネット上の情報の流通にとって技術的有用性を持ち,被告人がその有用性の追求を開発,提供の主目的としていたことも認められ,このような情報流通の分野での技術的有用性の促進,発展にとって,その効用の副作用ともいうべき他の法益侵害の危険性に対し直ちに刑罰をもって臨むことは,更なる技術の開発を過度に抑制し,技術の発展を阻害することになりかねず,ひいては他の分野におけるテクノロジーの開発への萎縮効果も生みかねないのであって,このような観点,配慮からは,正犯の法益侵害行為の手段にすぎない技術の提供行為に対し,幇助犯として刑罰を科すことは,慎重でありまた謙抑的であるべきと考えられる。多数意見の不可罰の結論の背景には,このような配慮もあると思われる」というのはまさに本件の正鵠を射ており、スジ論(理論的整合性)よりも、スワリを重視したのが多数意見であったと理解できる。

 ただ、大谷裁判官が判示する通り、「一方で,一定の分野での技術の開発,提供が,その効用を追求する余り,効用の副作用として他の法益の侵害が問題となれば,社会に広く無限定に技術を提供する以上,この面への相応の配慮をしつつ開発を進めることも,社会的な責任を持つ開発者の姿勢として望まれるところ」というのは傾聴に値する部分であり、社会に生きる研究者としての正しい見識を示しているように思える。

 今回の判決は、いわば「救済判決」のようなものであり、ウィニー事件において研究者が無罪となったという単純化された結論だけが勝手に一人歩きしてしまうのは極めて危険であると思う。ソフトウェア開発のみならず、原子力開発、遺伝子操作、再生医療等あらゆる科学分野において、科学の独善や暴走は阻止しなければならないものであり、研究者の正しい見識と節度、そして国民の厳しい監視の目が今後より必要になってくると思える。