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2010年05月17日

公正な論評の法理

意見・論評を含む表現と名誉毀損の成否(公正な論評の法理)

1) 不法行為における事実の摘示によらない名誉毀損
 不法行為法における名誉毀損の概念は、刑法230条の規定するところよりも広く、事実の摘示によるもののみならず、意見ないし論評の表明によるものを含む(大判明43年11月2日)。
 他方、誤った事実を公表した場合とは異なり、論評・意見表明の自由は、広く認められるべきとされている。

2) 問題の所在
 a) 事実の摘示による名誉毀損と、b) 意見・論評による名誉毀損とで、不法行為の免責要件が異なるため、問題とされている表現が事実を摘示するものであるか、それとも意見ないし論評の表明であるか、当該表現が事実の摘示を含むものであるかどうかの判断が重要となる。

3) 判例(夕刊フジ・ロス疑惑事件)
 原告は、妻に対する殺人未遂の嫌疑(いわゆるロス疑惑事件)により、昭和60年10月3日に起訴されたが、その前日、産業経済新聞社は、日刊紙「夕刊フジ」第一面において本件記事を掲載したという事案。
 イ) 控訴審判決(東京高判平成6年1月27日、判時1502号114頁)
 第一審が慰謝料100万円の支払を命じたのに対し、原告の請求を棄却した。
 新聞記事による名誉毀損の不法行為責任の成否に関し、当該部分が意見を叙述した言辞(意見表明)であるときに、下記aからcの要件を満たせば、不法行為責任は成立しない。
  a 当該記事が公共の利害に関する事項についてのものであること
  b 意見の基礎をなす事実が、ア 当該記事に記載されており、かつ、その主要な部分について真実性の証明があるか、記事の公表者においてこれを真実と信ずるについて相当の理由があり、イ そうでなくても、意見の基礎をなす事実が、記事の公表された当時既に新聞等により繰り返し報道されて社会的に広く知れ渡っていた事実であること
  c 当該意見を、その基礎をなす事実から推論することが、不当、不合理なものとはいえないこと
 (あてはめ)
 ・本件記事「Xは極悪人、死刑よ」
  Xに関する特定の行為又は具体的事実を明示的にも黙示的にも叙述するものではなく、これがAの談話と表示されていることも考慮すると、右は意見表明に当たるというべきである。右意見は、当時既に繰り返し詳細に報道されて広く社会に知れ渡っていたXの犯罪についての嫌疑を主要な基礎事実として、同人についての評価を表明するものであり、右意見をもって不当、不合理なものともいえないから、名誉毀損による不法行為は成立しない。
 ロ) 最高裁(平成9年9月9日、判時1618号52頁)
 「ある事実を基礎としての意見ないし論評の表明による名誉毀損にあっては、その行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあった場合に、右意見ないし論評の前提としている事実が重要な部分について真実であることの証明があったときには、人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したものでない限り、右行為は違法性を欠くものというべきである。そして、仮に右意見ないし論評の前提としている事実が真実であることの証明がないときにも、事実を摘示しての名誉毀損における場合と対比すると、行為者において右事実を真実と信ずるについて相当の理由があれば、その故意又は過失は否定されると解するのが相当である。」
 「新聞記事中の名誉毀損の成否が問題となっている部分について、そこに用いられている語のみを通常の意味に従って理解した場合には、証拠等をもってその存否を決することが可能な他人に関する特定の事項を主張しているものと直ちに解せないときにも、当該部分の前後の文脈や、記事の公表当時に一般の読者が有していた知識ないし経験等を考慮し、右部分が、修辞上の誇張ないし強調を行うか、比喩的表現を用いるか、又は第三者からの伝聞内容の紹介や推論の形式を採用するなどによりつつ、間接的ないしえん曲に前期事項を主張するものと理解されるならば、同部分は、事実を摘示するものと見るのが相当である。また、右のような間接的な言及は欠けるにせよ、当該部分の前後の文脈等の事情を総合的に考慮すると、当該部分の叙述の前提として前記事項を黙示的に主張するものと理解されるならば、同部分は、やはり、事実を摘示するものと見るのが相当である。」
 (あてはめ)
 ・本件見出し1「Xは極悪人、死刑よ」
  Aの談話の紹介の形式により、上告人がこれらの犯罪を犯したと断定的に主張し、右事実を摘示するとともに、同事実を前提にその行為の悪性を強調する意見ないし論評を公表したものと解するのが相当である。
 (結論部分)
  「本件見出し1及び本件記述は、上告人が前記殺人未遂事件等を犯したと断定的に主張するものと見るべきであるが、原判決は、本件記事が公表された時点までに上告人が右各事件に関与したとの嫌疑につき多数の報道がされてその存在が周知のものとなっていたとの事実を根拠に、右嫌疑に係る犯罪事実そのものの存在については被上告人においてこれを真実と信ずるにつき相当の理由があったか否かを特段問うことなく、その名誉毀損による不法行為責任の成立を否定したものであって、これを是認することができない。」として、原審に差し戻した。

 4) 検討
 いわゆる名誉の保護と表現の自由の保護のバランスをどうとるかという問題とパラレルに考えるべきであり、その拠り所となった事実の重要な部分につき、真実性の証明あるいは相当性の主張が認められるかどうかにより判断するのが法的安定性の確保という観点から肝要であろう。