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2009年06月12日

足利事件と人質司法

平成21年6月4日、千葉刑務所からある人物から釈放されました。しかも、その人は最高裁判所で既に無期懲役の確定している人物で、法的には服役中という立場でした。
菅家利和さんです。検察庁が再審決定前の受刑者を独自の判断で釈放するという、前例のない処分をし、裁判所には菅家氏は無罪の可能性が強い旨の意見書を提出したそうです。
今回、なぜこのような事態に至ったのでしょうか。


今回の釈放の直接の引き金は、最新のDNA鑑定によって、当時の古いDNA鑑定の誤りが指摘されたことにありますが、では、科学技術の進歩によって、科学捜査の精度が向上すれば、このような冤罪事件は消えるのでしょうか。
残念ながら、消えないのではないかと思われます。
足利事件の特徴の一つとして、菅家氏が当初、自己の犯行を認めており、公判に移行してから、自己の無罪を主張した経緯があります。
自己の犯行を認めた理由について、菅家氏は「やはり刑事たちの責めがものすごい。『おまえがやったんだろ』『早く話した方が楽になれるぞ』といわれ、『やっていない』といったけど、全然受け付けてくれなかった」と、述べています。


身柄を実質的に捜査側のもとに置き、取り調べ室という非日常的で閉鎖的な空間で、誰とも会えない状態で、取り調べを行い自白を強要する。逮捕、起訴前の勾留を経て、裁判所に起訴されれば、今度は起訴後の勾留に切り替えられ、身柄の拘束が継続する。自白が無い場合は保釈が認められないケースがほとんどで、そして有罪の判決が出ればそのまま刑務所へ・・・
取り調べという捜査の初期段階から、判決という裁判の最終段階まで、身柄は常に拘束されたままです。そして、この長期の身柄拘束の過程で、心身ともに疲れ果て、虚偽の自白に追い込まれる。
この、自白するまで身柄を解放しないという捜査手法を人質司法といいます。


重大事件で虚偽の自白をしても釈放されることは無いので、通常は、執行猶予や罰金が相当な軽微な事件において、一刻も早く身柄を解放されたいがため発生することが多いのですが、この捜査手法が重大事件において虚偽の自白を招くこともあるのです。
ここで重要なのは、起訴後の勾留及び保釈の決定権を持つ裁判所が、自白が無いことを一つの理由として、勾留を認め、保釈を認めない、つまり、人質司法を可能とする環境作りの一端を担っているということです。そこには当然、「疑わしきは罰せず」という刑事裁判の理念は存在していません。
むろん、裁判官も検察官、警察も意図的に冤罪事件を作りだそうとしているわけではありません。ただ、裁判官、検察官、警察が当然と思い普段採用している手法が、冤罪事件を招く温床となっているのです。


足利事件は科学捜査の未発達だけが原因となった事件ではありません。
刑事事件を取り巻く司法の歪んだ体質が生んだ事件なのです。


(弁護士 武田大輔)